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岩屋神社(長崎市岩屋町)
今年は初詣を岩屋神社に行ってきた。
地元長崎の人ですらあまり詣でないマイナーな神社で、詣でた2022年1月3日の午後で出会った参拝客は数人程度である。尤も登山客はまあまあ多く2~30人くらいは通りすがりに見かけた。
そんな素晴らしい風情と長い歴史の割には気の毒な感じの神社だが、とても好きな場所なのでちょっと書いておく。
開山時は彌陀、釈迦、観音を祭る岩屋山(巌屋山)大権現と言い、神仏混合の色合いが濃い寺社で神宮寺、やがて江戸時代には神通寺という名称の寺だった。
和同年中(西暦708年~)に開山されたとあるので、長崎の諏訪神社の起源である弘治年間(1555年~)よりも800年以上も古い。
神仏混合とは、日本古来の神と、仏教における仏菩薩は本来同体であるとする考えに基づいて、神道と仏教の二つの信仰を折衷していること。両者を同じ場所にまつり、信仰することを言う。平安時代以降日本全土で流行した信仰のスタイルである。
明治初期の神仏分離政策で神通寺は廃されて、これより岩屋神社となったようだ。
現在の建物は昭和57年の長崎大水害で倒壊した後に再建されたもので、平成元年に完成したものだが、崩れた鳥居など参道や境内のあちこちで見ることができる。
確か一の鳥居は道ノ尾駅付近にあり、元の長い参道を経て虹ヶ丘小学校前の駐車場横にある入口の鳥居は二の鳥居だったはず。
二の鳥居をくぐって左手にあるのは、脚気の病を癒すという謂れのある六部大師堂。
参道をしばらく上ると右手に歌碑がある。この寺の創建後、平安時代の初めに弘法大師が訪れ、以降は女人禁制となったこの地の禁制が解かれた理由となった歌が刻まれている。
この歌碑と向かい合わせに蛇と剣の石碑があるが、多分主祭神である須佐之男命に関連した八岐大蛇(ヤマタノオロチ)と雨の叢雲の剣だろう。
だとすれば横にある鬼みたいな石像は須佐之男命か・・。この辺の解説は特に無いようだ。
さらに登って樹齢300年の大杉や神通寺時代の鐘楼跡を経て進むと、拝殿には正月の折、お札とおみくじが無人販売されている。お札500円、おみくじ20円という物価高騰の昨今において信じられない低価格。頭が下がる。
拝殿横に神通寺跡の石碑がある。
拝殿より岩屋山登山道方面に進み左手に石桁橋を経て岩屋山稲荷神社があり、さらに進んで神殿洞窟、不動岩、鬼の足跡などがある。
逆に右手に上ると岩屋山大権現があり、たくさんの石像が並ぶ三十三観世音菩薩を見ることができる。
観光地化されていない素朴な風情を残す当地は、明治まで長く信仰されてきた神仏混合信仰を感じる事ができる長崎の歴史的にも貴重な場所であるだけでなく、苔生した神秘的な雰囲気がパワースポットのような感じもあり、なかなか良い場所ではないかと思う。